組紐・房 KUMIHIMO
Vol. 2

(2) 江口裕之さんのお仕事場訪問

江口裕之さん

16/05/07 UP

歌舞伎や能楽は、よーく見るとさまざまなところに組紐や房が使われています。衣裳のかざりや、刀の装飾紐、冠などを固定するための紐などなど。組紐を作る職人さんはたくさんいらっしゃいますが、伝統芸能のための特殊なものを作る工房は「柏屋」だけではないかと思います。東京都の東久留米市にある「柏屋」の主人・江口裕之さんのお仕事場を訪問し、作業の様子を拝見してきました。


江口裕之(えぐち ひろゆき)さんのプロフィール
昭和39年生まれ。幼少時より祖父や父の仕事を見て育ち、高校時代には家業の手伝いを始める。大学卒業後は企業に勤めるが、平成4年に退職して家業に戻る。その後、平成17年に父・有次が急逝し「柏屋江口」3代目となる。仕事の内容は、9割くらいは歌舞伎関係。その他に能楽や日本舞踊、法衣店関係のものを手掛けている。 *トップ画像は、組紐を組んでいる江口裕之さん


糸の準備
組紐を組みはじめる前に、糸を準備しているところ


「組紐づくり」というと、座ってこぢんまりと作業をしているイメージがあるかと思います。ところがどっこい、江口さんのお仕事の様子を拝見すると、立ったり座ったり、なにやら不思議な道具をぐるぐる回したり、廊下を歩き回ったりとダイナミックです。組紐ですぐに思い浮かぶのは着物用の帯締め。しかし、舞台用の紐類は、かなり長いものもありますし、歌舞伎の仁王だすきや能「道成寺」の鐘を吊るための紐など、かなり太いものもあります。ですから、大きなもの、長いものを作るときには、身体をめいっぱい動かし、まさに汗をかきながら作業をします。また、色や形に非常に厳しい指定があるので、1点ずつがオートクチュール。一般の組紐を作る職人さんよりも、かなりバリエーションの多い品物を作ることができるのです。そして、さまざまなものを作るためにお仕事場には、多様な道具・用具が並んでいます。


はっちょう
廊下ではっちょう
「八丁(はっちょう)」という撚りをかける道具を使って、糸に撚りをかけているところ。


江口さんが作るものは組紐だけではありません。技術で分類すると、組紐が多いのですが、組むのではなく撚り(より)をかけて紐を作る「より紐」もあります。「房」や、「梵天(ぼんてん)」という丸いモコモコした飾りも作ります。糸から作られるさまざまなアイテムを作っているわけです。長い「より紐」を作るには、広い場所が必要になるのですが、そのための廊下が仕事場にはあります。廊下の片方の端に、「八丁(はっちょう)」という道具を置き、逆の端に糸を留めるためのフックのようなものがあり、廊下や壁など建物も使いながら「より紐」を作っていきます。


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糸におもりをつける作業をする江口惠さん


妻の惠さんも、さまざまな仕事を手掛けます。二人で連携してやらないとできない作業もあり、あうんの呼吸で仕事が進んでいきます。組紐は、ある意味数学が強くないとできない仕事。組み方を教えていただいていると、途中から複雑すぎてついていけなくなります・・・。昔から日本人は和算が優れていましたが、それは組紐づくりにも当てはまるのではないかと感じました。非常に高度で繊細なものづくりをコツコツ積み上げている江口さん。以前、ひょんなことから、鷹匠さんの組紐を復元するプロジェクトにも参加いただきました(記事はこちら)。この高い技術は、きっと世界のどこででも通用すると思います。これから、新しい広がりが生まれてくることに期待したいです。


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「より房」の先端。糸を切りっぱなしの状態にした「切り房」とは先の様子が異なる


【江口裕之さんインタビュー】


Q: お仕事の流れを教えてください。また、ご苦労されるのはどんなところですか?
A: 仕事の流れは、御用聞き・打ち合わせ~材料手配~染色~下準備~製作~納品~代金回収。段取り八割で、実際に組む仕事は全体の二割くらいです。その他、道具のメンテナンスや実家わんこの散歩まで、あらゆる作業を夫婦でやってます。スケジュール管理が一番大変ですね(笑)。材料が天然物なので、季節やロットにより微妙に違います。そのあたりを考慮しなければならないのも大変です。


Q: 仕事をする上で、大事にしていること。心がけていることは何ですか?
A: 前回以上のいい内容で納めること。そして、父や祖父の品物に負けないこと。


Q: これからどんな風に仕事をしていきたいですか。
A: 紐は主役ではなく、何かを使う事や飾ることが目的。僕は文化人でなく生活者なので、紐で何かに役立てる世界があれば嬉しく思います。それから、もし自分の知っていることを聞かれた時、形容詞や擬音ではなく、的確な表現で伝えることが出来る職人(人)でありたいです。

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